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身体障害・知的障害者 (2010年)

 
 
手もない、足もない、けれどもホープレスではない、夢と希望は一杯・・

 
障害を持ちながら一生懸命に生きている知人を紹介、 その1:

 

生まれながらにして手も足もない、しかし努力をすれば、一人の社会人として社会の中に生きていくことは、不可能ではないと、それを障害者に証明してくれる人たちが、スウェーデンにも多くいます。

その中の一人 、知人でもあるミカエルを紹介したいと思います。

 

生まれてしばらくしてから、医者が両親に「この子は自分で歩くこともできず、普通の生活をするともできない。
この子に将来の夢はないと思ってください」と伝えられたけれども、かわいい子供のために、両親にはそれから長い努力が始まりました。
 

好きなスポーツはバンデイ、 この素敵な笑顔に障害の悲しみはない・・

 

障害児託児所での生活が始まりました。1950-60年代の当時のスウェーデンは、障害者に対する対応は、今とは全く違いました。 施設によっては身体障害児も、知的障害児と同じ施設で看護されていたこともあります。

 

当時の施設の看護及び児童たちの生活状況については、日本でもドキュメントとして報道されたこともありますが、決してよい施設と看護方法とはいえるものではありませんでした。

 

身体障害児は他の子供たちとともに、施設での共同生活となります。つまり幼児の時から両親と離れて、職員や他の障害児と一緒の生活となりますが、小さな子供が両親から離れて他人と生活することは、成長過程にある子供にとって、精神面でもよいこととは思われません。


幼児の時から動物実験のように、義足や義手をあたえられ歩いたり、物をつかんだりと、いろいろな試みがされました。 現在でいうリハビリトレーニングです。

 

15年間もの長い間施設にあずけられましたが、両親はこのままではいけないと判断し、普通の子供と同じように育てたいと、医者の意見には耳をかすことなく、自宅に連れ戻しアスシタントをつけて、自宅からリハビリと日常生活の訓練を続けました。

 

夏にはダイビングも・・・

欠かせない運動に、トランポリン


10-11歳のころ、自分が他の子供たちとあまりに違うことを痛感したミカエルは、このまま障害者として一生いきるか、それとも努力して普通の人と同じような人生を過ごすか、とても悩みました。その時ある 人に出会い「自分のやり方で、好きなように生きなさい、きっとできるから音をを上げてはいけない」と、言われたその言葉を聞いて悩みは消えました。

そして使用していた義足も義手もすべて取り外し、誰が何を言ようとも、自分なりの生活をすることにしました。それからは自分 でいろいろと工夫し、ピンポン、室内バンディー、ミニゴルフ、水泳などを始めました。

 

音楽を聞くことが大好きであり、また運動療法に通い、プールにも通いました。 音楽は悲しい時、つらい時にも勇気と自信をつけてくれました。手足は不自由でも、自分で障害補助器具を酷使して勉強もしました。 その後結婚し、三人の子供を持ち、全国各地でコーチングの講演を続けています。インターネットにサイトを公開し、多くの人たちともプログで交流を続けています。

 

ここに紹介する写真は、ミカエルの好意により掲載しました。

左の写真は、三人の子供たちと一緒に自宅にて・・


  
( 2010年2月10日 記載 )

 

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